| ５，同日、夜 「くすぐったいよ、鷹生……」 暁人はくすくすと笑い、子供のように身をよじった。自分の頬や喉、胸、下腹部、そして腕や指先、足に至るまで、軽く触れるような、温かなキスの雨が降ってくる。鷹生の手が、その肩を軽く押さえた。 「こら、逃げるな」 すぐに、抵抗する気が失せた。唇からは、笑い声の代わりにかすかにあえぎが漏れてくる。やがて、暁人は柔らかなボアシーツの海に横たわり、丹念な愛撫に、素直に身を委ねていった。 今日の鷹生の行為は、いつもにまして丁寧で優しく、暁人はあまりの心地よさに、うっとりと微笑んでしまった。 「あっ……」 鷹生は、どこにキスすれば自分が歓びを感じるのか、完全にわかっているようだった。唇がそこに触れるたびに、暁人の肌は敏感に反応し、自分から吸いつくように彼を求めているのがわかる。 やがて、唇と唇が深く合わさって、舌が絡まりあった。その動きも、さっきのむさぼるような、大学で切なげに唇を吸ったのとは正反対の、柔らかで優しいものだった。そっと、暁人の舌の表面をくすぐるように舐めあげて、喉の方までゆっくりと深く、舌を差し入れてゆく。 そして、長いキスが終わって唇が離れた時、 「なあ、歯は磨いたんだが……匂いとか、大丈夫だったか？」 鷹生が少し心配そうにのぞき込んでそう聞いたので、暁人はちょっとびっくりし、それから思わずにっこりした。今日の夕食は、鷹生の得意料理の、ニンニクを使ったアサリのスパゲッティだったのだ。 「全然、平気だよ。…っていうか、最初、そのこと全然忘れてた。僕の方こそ、大丈夫だった？ おいしくて、随分食べたから」 「俺は、全然気にならなかった」 二人は思わず、顔を見合わせて微笑んだ。 ──あの後、二人は暁人のマンションの方に戻ったのだった。大学に近いのは鷹生のアパートの方なのだが、お前がゆっくり休めるから、こっち方がいい、と彼が言ってくれたのだ。 最初に鷹生が、スパゲッティをゆでてくれて夕食をすませ、それから暁人が贈ったＣＤを、二人で紅茶を飲みながらゆっくり聴いた。そして、身を寄せ合うようにして、一緒にシャワーを浴び、あとはそのまま、何も着ずにベッドに仲良く寄り添って横たわったのだった。 「……」 鷹生と一緒に笑いながら、暁人はふと、自分がとても満ち足りた想いを感じていることに気がついた。愛し合いながら、鷹生とこんなに普通の会話が出来るようになるなんて、以前は考えてもいなかったのに。 「あ……」 そして、再び始まった愛撫は、もっと濃厚なものになっていた。今までは口づけしていただけの肌を、鷹生の舌がゆっくりと這い、濡らし始める。今までの愛撫だけで、すでに固く張りつめていた乳首を舌先で転がされて、暁人はひくんと喉をのけ反らせた。 その反応に満足したように、小さな突起を軽く噛むと、鷹生の唇はゆっくりと、緩やかな動きで、下に降りていった。みぞおちを舌全体で何度もねっとりと舐めあげられ、可愛らしい臍に舌を差し入れてくりくりとされ、足の付け根に湿った唇でキスされる。 「んっ…あ……」 暁人は小さく身悶えた。鷹生は、その周りを濃厚に愛撫しながら、一番敏感な牡茎の部分には、なかなか触れようとしなかった。牡茎は震えながら立ち上がりかけていて、その先端に、鷹生はそっと触れるだけの口づけをした。 「あぁっ……！」 それだけで、暁人のみずみずしい牡茎は、弾けるように反応した。先端から、透明な液体がきらめきながらこぼれ落ちてくる。鷹生はかすかに微笑み、焦らすように、触れるだけの口づけをくり返していた。 「ふ、あ……ね、鷹生……っ」 その愛撫に流されそうになりながら、暁人は声を絞り出した。快楽に完全に溺れてしまう前に、どうしても聞きたかったことがあったのだ。あられもなくあえいでしまいそうになるのを懸命に押さえ、聞いてみる。 「ね……鷹生。君、どうしてさっき、僕が兄さんと一緒だったって知っていたの……？」 そう言ったとたん、鷹生が、めったにないうろたえた様子で顔を上げたので、暁人は少し驚いた。 「……阿久津から聞いた」 「え？ そんな筈ないよ。僕、兄さんと銀座に言ったこと、父さんと母さん以外には話していないはずだよ……？」 暁人は鷹生を見つめた。と、彼は困ったように顔をそむけたが、しぶしぶ言った。 「……お前のあとをつけたんだ」 「え……！」 そう言われて、さすがに驚いてしまい、思わず暁人は半身を起こしかけた。鷹生は少し焦ったような仕草で、その身体をぎゅっと抱き締めた。 「その……悪かった。卑怯なことだと思う。だけど、お前が何か隠していることが、もう気になって気になってどうしようもなくなってた。お前の隠しかたが、けっこう必死っぽかったから、余計にそうだった。それで今日、昼のレッスンさぼって銀座まで行った。そうしたら……お前は兄貴と一緒だった」 「……」 温もりを全身で感じながら、暁人は思わず、じっと彼を見つめた。その端正な顔が赤く染まり、見つめているうちに、さらにもっと真っ赤になっていくのに気がついて、暁人は、ぽつりとこう呟いていた。 「なんか……すごく、君って可愛い」 「なに？」 その言葉が、彼は心底意外だったらしい。今度は呆然としてこちらを見た。 「その、後をつけて来た、ってこと自体はびっくりしたけど……。だけど、僕なんかのことで、そこまで思いつめて、悩んでくれるなんて……すごく嬉しいし、ほんとに君、めちゃくちゃ可愛いと思う……」 暁人はそう言って、手を伸ばすと、鷹生の高く通った、完璧なくらいに形のよい鼻の頭を、くすくす笑ってつついた。 「……！」 とたん、鷹生はさっきの比ではなく、顔どころか全身真っ赤になった。一旦、手を緩めると、さっきとは全く違う激しさで、暁人の身体をシーツの上に押し倒した。 「えっ……？」 暁人が目を見はるのにも構わず、鷹生はそのまま、下の方に身体をずらし、暁人の華奢な腰骨に両手をしっかりとかけて固定すると、いきなり、下腹部に顔を埋めた。そして、さっきから焦らされて息づいていた牡茎を、一気に根本まで口に含み、むさぼるように吸い上げた。 「あっ……！」 それまでの、焦らすような愛撫に慣れていた暁人は、急激に与えられた刺激に、思わず強く身をのけぞらせた。 「ちょ、ちょっと待って、鷹生っ……！ そんな、いきなりっ……！」 けれど、鷹生は舌の動きを止めなかった。まるで欲張りな子供が菓子を食べるように、一杯に頬張った牡茎に、執拗に愛撫を始める。 まず舌で、暁人の牡茎全体をすっぽりくるむようにして舐めあげ、それから尖らせた舌先で、どん小さな襞も、後ろの柔らかな肉の裏側も、奥まで唾液でたっぷりと濡らし、くまなく苛んでいく。激しいのに、恐ろしく丹念な舌使いだった。 「あ、あ……。ひっ…！」 その愛撫に、暁人の敏感な牡茎はとても耐えきれず、すぐに固く脈打ちはじめた。それを見てとって、鷹生はわざとそこから口を少し浮かせた。その端正な口元から、唾液がかすかに銀色の糸を引いて流れる。暁人の牡茎は、鷹生に含まれたためと、彼自身の先走りの液体とで、すでにぐしょぐしょに濡れていた。今度はそこに、再び何度もキスの雨を降らせる。 「……可愛いのはな、こんな風に、お前だけでいいんだ」 そうしながら、呟く。暁人は目を見開いたが、激しい愛撫の後、また急にキスだけで焦らされ、さらにその唇の動きと息づかいが刺激になって、さらに追いつめられてきた。それを鷹生は見越して、さらにもう一度口に含んだ。 「そん、な……鷹生、むちゃくちゃ…だよ、君。あっ、あぁっ……！」 再び強く吸い上げられ、さらに喉の奥で先端を押さえつけ、舌と喉の粘膜で、揉み込むように刺激された。頭からつま先まで、一気に突き抜けるような快感を感じ、暁人はついに耐えきれず、果ててしまった。 「あ……」 鷹生は、放たれた液体をあっさりと飲み下すと、ぐったりとベッドに身を投げ出し、荒い息をついている暁人の身体をそっと抱き寄せた。またその精悍な胸に、抱きしめられる。 「ひどい、鷹生……」 「お前が、変なことを言うからだ」 無意識のうちに目じりに滲んだ涙を、唇で拭われながら、暁人はちょっと恨めしい想いで鷹生を見た。彼が可愛く思えたのは、本当のことなのに。あの時、彼が兄さんに嫉妬してくれたような気がして、ちょっとだけいい気分になっちゃったから、バチが当たったのかな……。 「──ほら、もう一度するぞ、今度はそっとするからな」 その鷹生は笑みを浮かべ、もう一度、暁人の下半身の方に身体をずらそうとしていた。暁人ははっとし、急いでかぶりを振って、その肩にすがりついた。 「口じゃなくて、ちゃんと抱いて……！」 思わずそう叫んでしまい、鷹生は驚いて彼を見た。 「何言ってるんだ。もう少し……」 「ううん……鷹生のこと、もっと感じたいんだ。それに、君だって……」 言いながら、さすがに恥ずかしくて、暁人は鷹生の胸に顔を埋めてしまった。 けれど、それは本音だった。最初の心地よい愛撫も嬉しかったけれど、鷹生のもともとの激しさ、力強さが伝わってくるような行為を受けた後では、慣れた身体はそちらの方を欲しがっていた。それに、愛撫を受けている間中、暁人は肌で、鷹生の雄根が息づき、大きく脈打ち始めるのを確かに感じとってもいたのだ。 「……」 鷹生は、また笑みを浮かべた。 「やっぱり、お前の方が可愛いと思うぜ……」 そうささやかれ、暁人は鷹生にしっかりと抱きしめられたまま、細い膝を割られた。ちょうど暁人の開いた足の間に、鷹生の身体を挟んでいるような格好になる。雄根の熱い感触が、下腹部の辺りに、さらにはっきりと伝わってくる。 そして、鷹生の身体の下に、体重をかけないように敷きこまれると、ゆっくりとその雄根を受け入れさせられた。 「あうっ……」 下腹全体にずんと響くような、その太く固い感触を感じた時、いつもながら、暁人はいっぱいに鷹生を感じて、思わずうっとりと目を閉じた。足が自然に大きく開き、さらに奥まで彼を受け入れようとする。 粘膜が擦れ合う感触とともに、鷹生の雄根が中まで食い込んでくる。暁人の内壁は震えながら、それでも待ちわびていたかのように、絡みついていった。 「う……」 鷹生が思わずうめくのがわかった。彼の雄根の感触に震えながらも、暁人はかすかに微笑んだ。やっぱりこっちの方が良い、と思った。この満たされた想いは、鷹生の雄根を受け入れた時しか、味わえないものだった。 ──やがて、鷹生のそれは最奥まで分け入った。自分の一番深いところで、むき出しの粘膜どうしが、すき間なくぴったりと触れ合っている。指先に、弱い電流が走るような感覚を感じ、暁人はしなやかな身体を思いきりのけ反らせた。 「暁人……動いて大丈夫か？」 「……！」 鷹生が喉を鳴らすような、かすかに震える声で耳元でささやいた。その響きと荒い息、そして自分を見つめる瞳の輝きに、彼も感じてくれているのがわかって、とても嬉しかった。暁人は身動きもままならない状態だったが、懸命にうなずいた。 それを確かめて、ゆっくりと鷹生が腰を使い始めた。暁人はそれに合わせるように、自分の腰をぴったりと彼に密着させた。その動きが激しくなるにつれ、暁人は頭が真っ白になり、何も考えられなくなっていった。 「あ、あ……鷹、生っ……！」 「くっ……」 ──そして、二人は同時に果て、抱き合ったままシーツの海の中に倒れると、そのままの姿勢で、しばらく死んだように動かないでいた。 × × × 「……腰、大丈夫か？」 「うん、平気。だけど鷹生、そんなに照れなくったっていいのに……」 「その話はもういいだろ。週明けには、山崎教授と桐島さんとに、きちんと謝らないといけねえだろうな……」 やがて、激しい一時が過ぎると、二人はまだ行為のなごりが残る、温かなベッドの上で寄り添い、お互いをのぞき込むようにして、他愛なく幸せな話をしていた。気怠い身体を、鷹生の精悍な胸に委ねていると、本当に心地よかった。 「……なあ、今度から、やっぱり出来るだけ会おうぜ」 鷹生が、暁人を腕に抱えたままそう言ったので、暁人は驚いて目を見はり、それからあわてて首をふった。 「そんな……駄目だよ、君。これからコンクールにもたくさん出るんでしょう？」 「大丈夫だろ。賞なら取るぜ」 あっさりと言われ、呆然とする。 「さっき、お前がくれたＣＤと楽譜調べて、そう思った。ま、油断はしないつもりだが、これなら、それ程難しくもなさ気だからな」 「君ってば、すごい自信……」 こともなげに言葉を続ける鷹生に、暁人は思わず見とれてしまった。彼の唇には、不適な笑みが浮かんでいた。背中がぞくぞくした。優しい笑顔の鷹生も大好きだが、こんな風に、傲慢な自信にあふれている彼も、とても素敵だと思う。 そして、ふっとまた優しい笑顔になり、鷹生は暁人を見た。 「……それにお前、今回ずいぶん気を使ってくれていたみたいだけど、だからすれ違って、俺、馬鹿なかん違いしちまっただろ──もちろん悪いのはこっちだけど。それで結局、全然レッスンにならなかったりしたんだ。だから、会いたくてしょうがない時に、無理するのはかえってよくないって、つくづくわかった。俺はそれまで、こんな風になったことが一度もなかったから、わからなかった……」 「じゃ、じゃあ、僕、君にもっと会ってもいいんだね……？」 暁人は嬉しさで一杯になった。満ち足りた思いがこみ上げてくる。 会えると聞いただけで、こんな風に感じられる人がいるなんて、僕はなんて幸せなんだろう……。 暁人は鷹生の顔を見つめ返した。彼に出会えて本当によかった、と思った。そのことを告げようとした時、鷹生が言った。 「そうじゃない。俺が、お前に会いたいんだ。もっとたくさん会って、今度みたいなことが起きないようにしたい。──ただお前にとって、無理じゃない程度にだけどな……」 「……」 その言葉に、暁人はただ、彼の精悍な身体にすがりついた。鷹生が長い腕を伸ばし、華奢な身体を引き寄せた。 「愛してる……鷹生」 他に、もう言葉が見つからないような気がした。今日、鷹生は何も用意できなかった、と言っていたけれど、何よりも嬉しいものをもらった気がした。胸の奥がかすかに熱くなった。 「俺も、愛している……暁人」 鷹生が、それと全く同じ真剣さでそう言い、二人はお互いにもう一度見つめ合い、微笑んだ。 それから二人は、相手の温もりを確かるように寄り添うと、もう一度お互いの愛を確かめるように、また口づけをくり返し始めた。今度は、暁人もされるままではなく、自分から、鷹生の強靱に引き締まった胸や腕に、唇を滑らせていった。 ちょうど外では、花の蕾をほころばせる、春の雨が静かに降り始めていた。けれど、再び肌を重ねた恋人たちは、無論、そんなことには気づきもせず、また二人だけの世界に没頭していった。夜は、まだまだ長そうだった。 |